ポテ子の妊娠・出産・育児日記

子供2歳で離婚してシングルマザーになりました。

面会交流調停一回めを終えて、思うこと〜責任〜

春ですね〜なんだかパサパサするし、
花曇りだし、ふわ〜っとしてるかんじ。
春です。



さて!
タイトルのとおり、先日調停の第一回期日でした。
面会については、色々お互いの話がつかずに、調停をすることになったのでした。

いやー調停の相手方になることもなかなか人生の中であるものではないよな、とか思いながら、
でも家裁は初めてじゃなかったので(こたろうの氏の手続きの時にいきました)、またここねって感じで。


このブログで内容はもちろん書きませんが、
一回めを終えて、気持ちだけ改めて記しておきたいと思います。



まず、面会交流そのものについて思うことは、
一般論として、継続して行われることが望ましいという考え方があり、それは理解できます。

子どもにとって、ひとりでもつながりある人間が多いことは豊かなことにつながるし、
多様な人の中で生きることは、いいことだと思う。
子どもがルーツを知りたいと思うのも自然だし、
親がそれを隠すのも偽るのも不自然だと思うから。


しかしそれと同時に、
これは一般論で片付くものではないと思っています。
人間同士の問題だからです。

人間同士の問題だから、それぞれ一人ひとりの子ども、一人ひとりのお母さん、一人ひとりのお父さんによって、
個別に考えなくてはいけないもので、

調停員さんや弁護士さんや裁判所に、ああしろこうしろといわれて結論を出すことこそ、
親として恥ずべきことかなと思います。


また、面会交流の意義にのっとれば、「どんな事情でも必ず」面会を実施しなければならない、なんてことはないはず、とも思っています。
母親である私や、周りのたくさんの人間が、たくさんの愛情を注いでいれば、子どもにとって不健全だとも思えないのです。
それは、
離婚せずに家庭内別居のような状況が繰り返されることのほうが悪影響だと感じたことも、離婚を決めた理由のひとつだったし(子どものせいにするつもりは全くありませんが)、
私達親子見ていて、離婚をしてよかったよと言ってくれる友達もいる、
とても不幸にも親を早くに亡くしてしまった子どもがいたとしても、だからその子が健全に育たないなんて言えないはず。
こんなところが理由です。



こたろうのように小さい場合、私が前向きにならなければ、子どもも安心して面会できないんだろうと思います。
子どもは思った以上に敏感です。

そして子どもが自分で判断できない場合、私が代わりに決断することになります。
面会する、という決断は、その責任の全てが私にある。

もしも面会中に交通事故が起きたら。
もしも大きな地震が来たら。
もしもケガをしたら。
もしも連れ去られてしまったら。

そんなことをちょっと想像するだけで、怖ろしいことです。

それに、いまでも保育園の前まで来て嫌だと泣くときがあるのに、
またこたろうのこころをゆさぶってしまわないだろうかというのも、とても心配なことです。


私としては、思いつく全てのリスクを最低限に抑えるかなくすことができて初めて、面会は実現できると考えています。


面会は面会で非日常、ただ単に子供と遊ぶ時間なのでしょうか?
面会していれば、いい親なのでしょうか?

まだまだわからないこともたくさんあるし、
きれいごとばかりにはいかないし、
頭でわかっていても心体がついていかないこともあるはず。
そうでなけりゃ、離婚してない苦笑
十分に納得して、決めていきたいと思います。
わたしは保護者で、所有者でもなければ教育者でもない。そのことは忘れないようにしたいです。



インターネット上には、なぜ会わせてくれないんだ!なぜ会わせなくちゃいけないの!と、両親の必死の怒りがたくさんありました。
男は自分はこれだけやっているのに、と思っているし、
女はなにもやってくれないのに、と思っている。。

ほんとに男女って不思議ですね。
伴侶を見つけるって奇跡的なことだわ。結婚をした人をみると、離婚してさらに強くおめでとうと思います(笑)



そんな感じが、わたしの今の思いです!
もう2017年度も終わりだ!
こたろうもクラスが上がる。
がんばりましょ〜〜( ◜◡◝ )


こりゃこたろうよろこぶわ、のケーキ。


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